<SPEAKER>
辻愛沙子
株式会社arca CEO
Creative Director
斎藤幸平
大阪市立大学経済学研究科准教授
金山淳吾
SIWエグゼクティブプロデューサー
一般財団法人渋谷区観光協会 代表理事
資本主義的ロジックから離れたところから渋谷の未来は生まれてくる
再開発が進み、成長が続く渋谷ですが、その先には人々のどんな幸福が待っているのでしょうか?
このセッションでは、arcaの辻愛沙子さん、大阪市立大学経済学研究科准教授の斎藤幸平さんが登壇。“成長”から“成熟”に転換していくことでこれからの渋谷が目指すべき都市のあり方について、議論を行いました。
現在の日本には色々な娯楽が溢れる反面、その中で生きづらさを感じている人は少なくありません。齊藤さんは、「日本全体で見ても、今は、かつてのようにどんどん経済成長を重ねていって、“大きな車や家を買って幸せになる”というようなストーリーを描きにくくなっていると思う」と語ります。
また、今後、気候変動問題がますます深刻化していけば、そんな暮らしができるのは一握りの人に限られてしまうため、今までのように“沢山消費するために沢山働く”というサイクルから徐々に脱却していくことが必要になると訴えます。その上で齊藤さんはこう言います。「どうやってこのゲームから降りていくかについて考えていくことこそが、”成長から成熟へ”の転換点になる」
一方、若者世代の視点から辻さんは、今の社会を“文明が暴走してる時代”と表現。「人間的な感情や豊かさを多くの人が享受するために文明は生まれたが、それが目的になりすぎてしまっている」と現在の資本主義の問題点を指摘しつつ、人間らしさに立ち返る必要があり、自分なりの幸せの尺度を持つことが大切だと主張します。
そして、個人としての幸せのあり方について意見が交わされる中で、議題が「渋谷の都市開発の未来はあるのか?」に移ると齊藤さんは「20世紀型資本主義のゾンビである渋谷には未来がない」と厳しく指摘。
「渋谷は今も開発を続けているが、これからどうやって持続可能な未来を作っていくか考えなければいけない時に、高層ビルを作り続けている。それによって人々の移動も不便になっているし、新しくできたビルのどこに何があるかもわかりにくい。また街全体がどこも同じような形になっていて、多様性のようなものがなくなってしまっている」
また、渋谷で生まれ育った辻さんも、「カウンターカルチャーが育ってきた街」であることを渋谷の良さだとしつつ、「あるひとつの勝ちパターンに沿った新しいカルチャーだけでなく、それ以外も出てくる必要がある」と語ります。
では、これから渋谷の都市開発を再設計することで良いシナリオにしていくことはできるのでしょうか? 齊藤さんはこう語ります。
「賃貸の論理で見れば高いビルを建てれば建てるほど儲かるので、資本主義に沿えば高い建物を建てていくのは当然。しかしこれを繰り返すと、非常に移動しにくいモンスターのような都市ができあがってしまう。高層ビルは建てる時にも膨大なコンクリートが必要になり、二酸化炭素を排出するし、作ってからも空調やエレベーターのための電力が必要になるので環境にも良くない。今の渋谷は人々が落ち着いて集まったり、話しをする場所は減っていってしまっているので、渋谷の中心にみんなが集まれる広場を作る必要がある。そもそも民主主義は人が集まって、議論したりできるゆっくりしたスペースがないと実現できない」
辻さんは「渋谷に集まるのは若者だが、それをマーケティング的に分析するのではなく、若者の街なのであれば、私達若者にも街づくりについて聞いてほしい。都市開発の部分に若者を常に入れていくことが必要だと思う。
また上の世代は若者の文化的水準が落ちていると言うが、それは上の世代の人たちが文化的なものを街中に作ってこなかったという面もあると思う。もう少し手触りのある文化的体験ができる場所があればいい」と述べました。
また齊藤さんは、これからの渋谷の街の魅力を醸成していくための糸口について、こう話します。
「効率性を求めすぎた結果の代表的な例が今の渋谷であり、つまり資本主義がうまくいった結果、渋谷の魅力が失われるという事態が起きているとすれば、それは資本主義の根幹が揺らいでいるんだと思う。この問題の解決策は、そうした資本主義的なロジックから離れたところから生まれてくる可能性がある。
成長から成熟へと移行していく段階というのは、今ある建物をどう使っていこうとか考えること。新しい高層ビルを立てないと満足できないというモデルから脱却することが必要」
また、市民レベルで価値観を変容させていくことの必要性を指摘しながら、最後にこう語りました。
「人は街や広告によって、消費しろというメッセージを刷り込まれ、それが幸せであると思わされている。そこから脱却するためにも、コミュニティとして集まり、いつでもご飯が食べられる公共食堂のような“コモン”な場所を作る必要があるが、資本主義の論理だけだとそういうことは誰もしなくなる。しかし一旦そういったブレーキをかけることが、これからはむしろ豊かさ、成熟に繋がっていくのではないでしょうか」